私が起業を志したきっかけ
起業しようと思った理由は、一つの出来事があったからではありません。
幼い頃からの経験、挫折、大切な人との別れ、そして数々の挑戦を積み重ねる中で、「誰かの人生を前向きに変えるきっかけになりたい」という想いが少しずつ育っていきました。
ここでは、私が起業を志すようになった理由をお話しします。
①今の私をつくった、幼い頃の環境
私は一人娘として生まれ、両親や 祖父母の愛情をたくさん受けながら育ちました。
小さい頃は、とにかく体を動かすことが大好きで、毎日外を走り回るような子どもでした。
特に大好きだったのは祖父母の家です。
休みの日も遊びに行くほど、おばあちゃんとの時間が大好きでした。
ゲームや本、漫画など、欲しいものをたくさん買ってくれたり、いつも焼いてくれた銀だらのみりん干しは、今でも私にとって一番好きな食べ物です。
社会人になり、お金を稼ぐ大変さを知った今だからこそ、両親や祖父母がどれほど愛情を注ぎ、育ててくれていたのかを強く感じています。
一方で、祖父は職人気質で厳しい一面もありました。
また、幼稚園から大学生まで続けたピアノでは、先生から何度も厳しく指導を受けました。
当時は「怖い」と感じることもありましたが、そのおかげで努力を続けること、最後までやり切ることを学びました。
小、中、高では様々な場面で何度も人前に立つ経験をしました。
緊張は何度経験しても慣れませんでしたが、「怖くても挑戦すること」の大切さは、この頃に身についたように思います。
もちろん、やんちゃな一面もありました。
お年玉をゲームセンターで全部使って怒られたり、おばあちゃんの家の中で犬と追いかけっこをして怒られたり、今では良き思い出ばかりです。
そして、私の価値観を大きく育ててくれたのが家族旅行でした。
春・夏・秋・冬休みになると、家族3人と1匹で車中泊をしながら九州各地や中国・四国地方まで旅をしていました。
大好きなジブリの音楽を流しながら山を越え、海沿いを走り、その土地ならではの景色や文化、人との出会いを楽しむ時間は、今でも私の宝物です。
「いろいろな景色を見て、いろいろな経験をする」そんな両親のおかげで、私は自然と「人生は経験するほど豊かになる」という価値観を育んでいきました。

②大切な人との別れが教えてくれたこと
中学生になると、人間関係で初めて大きな壁にぶつかりました。
ある出来事をきっかけに心ない言葉を向けられ、人と話すことが怖くなった時期もありました。
その中でも変わらず接してくれる友人もいて、「一人じゃない」と思えた ことで少しずつ前を向くことができました。
高校1年生の時、大好きだった祖母が亡くなりました。
中学生の頃から入退院を繰り返し、病院へお見舞いに行くたびに少しずつ弱っていく姿を見ることが本当につらかったのを今でも覚えています。
折り鶴を折って届けたり、受験でなかなか会いに行けなかったことを後悔したり…。
祖母が息を引き取った夜、人生で一番泣きました。
「もっと会いに行けばよかった。」
「もっと話をすればよかった。」
その想いは今でも心に残っています。
この経験を通して、大切な人と過ごせる時間は決して当たり前ではないことを知りました。
だからこそ、「いつか」ではなく、「今」を大切にしたい。
そんな想いが少しずつ芽生えていきました。
大学時代は結婚式場、飲食店、学童保育、薬局など、さまざまなアルバイトを経験しました。
しかし当時は明確な目標もなく、自分に甘く、「なんとなく」毎日を過ごしていた時期でもありました。


③挑戦するたびに、自分の世界は広がった
社会人になって最初に入社した会社は不動産会社でした。
大学時代からインターンとしてお世話になっていましたが、人間関係に悩み、わずか3か月で退職しました。
その後、友人から「美容の仕事が向いてそう」と言われた一言をきっかけに、美容部員へ転職しました。
未経験からのスタートで したが、お客様との向き合い方、美容や健康の知識、カウンセリング力など、多くのことを学び、この仕事が大好きになりました。
その後、正社員のお話もいただきましたが、「今しかできないことに挑戦したい」という想いから、そのお話を辞退し、海外留学を決意しました。
両親には反対もされましたが、自分で決めた挑戦でした。
憧れの留学生活では自分が想像していたものとはるかに異なり、日本へ帰りたいと泣いた日もありました。
それでも、日本では出会えなかった価値観や文化、人との出会いは、私の世界を大きく広げてくれました。
帰国後は美容部員として再就職し、少しずつ仕事にも慣れてきました。
そんな中で私は、「もっと自分の世界を広げたい」「まだ知らない景色を見てみたい」という想いから、さまざまなことに挑戦するようになりました。
留学後には一人旅にも挑戦しました。
一人で知らない場所へ行き、自分で考え、行動する経験は、私に大きな自信を与えてくれました。
興味を持ったことにはまず挑戦してみることで、新しい価値観や出会いが生まれ、自分自身の人生が少しずつ豊かになっていくことを実感しました。
そして、さらに新しい挑戦としてバイクの免許を取りに行くことを決めました。
ところが、想像以上に難しかったのです。
教習では誰よりも転びました。
周りがどんどん上達していく中、自分だけ取り残されているような気持ちになり、悔しい思いを何度もしました。
ついには教習所で個別指導を受けるほど苦戦しました。
「なんでバイクなんて選んだんだろう。」
そう自分に思ったことも何度もありました。
それでも諦めず、バイクに乗って走るかっこいい自分をワクワクしながら思い浮かべることが、いつも私のモチベーションでした。
免許を取得してからは、見える景色が本当に変わりました。
車では気づかなかった季節の空気や景色を感じられるようになり、行ける場所も増え、自分の経験値がまた一つ広がったように思います。
この経験を通して、私は改めて感じました。
「挑戦の先には、挑戦した人にしか見えない景色がある。」
失敗してもいいし、遠回りしてもいい。
一歩踏み出したからこそ見える世界があり、その経験は必ず自分の財産になる。
そう信じられるようになりました。

④私が起業を志した、本当の理由
帰国後しばらくして、祖父が病気を患いました。
いつも元気でたくましかった祖父が、日に日に弱っていく姿を見て、私は改めて考えるようになりました。
「いつか旅行に行こう」
「いつか親孝行しよう」
そう思っていても、その"いつか"は必ず来るとは限りません。
人生は、後回しにしていたら二度とできなくなることがある。
その時、真っ先に思い浮かんだのは母の存在でした。
母はいつも家族を最優先にし、「時間がない」「お金がない」「今はできない」と、自分のやりたいことを後回しにしてきました。
本当は旅行もしたい。
美味しいものも食べたい。
新しいことにも挑戦したい。
そんな想いがきっとあるはずなのに、自分より家族を優先してきた母を、私はずっと見てきました。
だから私は決めました。
これからは私が母をたくさん笑顔にしたい。
いろいろな場所へ一緒に行き、美味しいものを食べ、たくさん思い出を作りたい。
そして、いつまでも健康で元気でいてほしい。
そんなことを考えているうちに、一つの想いが芽生えました。
時間やお金を理由に、本当はやりたいことを諦めている女性は、きっと母だけではない。
私自身も遠回りをし、失敗を繰り返しながら、挑戦することで人生が少しずつ変わっていくことを経験してきました。
だから今度は、その経験を私だけのものにするのではなく、誰かの一歩を後押しする存在になりたい。
「変わりたい」
「挑戦してみたい」
そう思った女性が、一歩踏み出せる場所をつくりたい。
その想いが、私の起業の原点であり、こうして誕生したのが、福岡女性起業サロンです。
ここは、起業だけを学ぶ場所ではあり ません。
自分らしい働き方を見つけ、自分の可能性を信じ、大切な人との時間も、自分自身の人生も諦めない女性を増やしていく場所です。
私自身、たくさん遠回りをしてきました。
だからこそ、不安な気持ちも、挑戦する怖さも、よく分かります。
でも私は、自分の人生を振り返って確信しています。
人生は、一歩踏み出した人から景色が変わっていく。
もし今、「何かを変えたい」と思っているなら、その想いを大切にしてください。
あなたの一歩が、未来を変えるきっかけになるかもしれません。
そして、その一歩を私は心から応援したいと思っています。
